「忙しいのに、なぜか会社が大きくならない」
創業から数年、コンサルティングやPR支援の仕事は途切れることなく続いています。クライアントからご評価も高くいただき、紹介も増えています。それなのに、ふと立ち止まると違和感があった。売上は人月に比例する。案件が増えれば増えるほど、自分やチームの稼働時間も比例して増えていく。うまくいっているはずなのに、なぜか「積み上がっている」感覚がない。
これは特別な悩みではなく、多くのプロジェクト型ビジネス——コンサルティング、制作、開発受託——が必ずぶつかる構造的な壁です。労働集約型のビジネスモデルは、信頼と実績を積み上げるほど強くなる一方で、スケールの天井が労働時間そのものに規定されてしまうものです。
セールスフォースが変えたもの
この構造をあらためて考えたとき、思い出すのがセールスフォースの黎明期だ。1999年の創業当時、企業向けCRMの主流はシーベル(Siebel)のような大型パッケージソフトだった。導入には高額なライセンス費用に加えて、莫大な時間をかけたカスタマイズとコンサルティングが必要で、実質的には「ソフトウェアを売る」というより「導入プロジェクトを売る」ビジネスに近かった。
セールスフォースは「No Software」というスローガンを掲げ、ブラウザだけで使えるサブスクリプション型のCRMを提示した。これは単なる技術的な進化ではなく、ビジネスモデルの転換そのものだった。個別プロジェクトの積み上げから、標準化されたプロダクトの継続利用へ。売上の源泉が「案件ごとの労働」から「契約の継続」に変わった瞬間、成長のカーブがまったく違う形を描き始めた。
なぜ、あえて別会社にしたのか
この構造転換を自社でも起こそうとしたとき、最初に直面したのは「同じ組織の中でプロダクトを育てることの難しさ」だった。
2026年2月、Pursuitという会社を、共同代表制で立ち上げた。パートナーはユニークピース技術顧問でもある江口 天 氏。東京大学大学院を修了後、NTT研究所で暗号研究に従事し、その後海外に渡ってMicrosoftでオフィス製品の検索エンジン実装を担当した経歴を持つ。帰国後の2018年には自ら会社を興し、複数社のAI顧問を務めながら事業を育て、2022年には東証プライム上場企業へのM&Aを成功させている。エンジニアとしての実装力と、EXITを経験した経営者としての解像度を併せ持つ、稀有な連続起業家だ。
Pursuitはこの二人で「Dual Leadership」という構造を取っている。自分がビジネス設計——戦略、アライアンス、エコシステム構築——を担い、江口氏がエンジニアリングとAI実装を担う。プロジェクト型のビジネスで培ってきたのは、目の前のクライアントに応える力学だ。納期があり、個別要望があり、その都度の最適解を出すことが評価される。一方でプロダクトづくりは、目の前の誰か一人のためではなく、まだ見ぬ多くのユーザーのために「型」を作る仕事であり、しかもそれを実装しきる技術力が伴わなければ絵に描いた餅で終わる。構想力だけでも、実装力だけでも、プロダクトは生まれない。
同じ屋根の下でこの二つを両立させようとすると、どうしても目先の売上が優先され、プロダクト開発は後回しになる。これは意志の弱さの問題ではなく、構造の問題だ。だからこそ、思想と実装をともに担える相手と、思い切って別会社を立てました。評価軸を分け、意思決定のスピードを変え、「まだ収益化していないものに時間を使う」ことを正当化できる環境を、意図的に作りました。
転換して見えてきたもの
プロダクト型に軸足を移してみて、最初に驚いたのは、労働時間と売上の関係が緩やかにほどけていく感覚でした。もちろんプロダクトも一朝一夕には育たない。しかし「型化」がうまく進めば、同じ労力でリーチできる範囲が非線形に広がっていきます。
同時に、プロダクトビジネスならではの難しさにも直面した。たとえば現状進めている官公庁向けの新規事業を検討する過程で痛感したのは、「情報を集約して提供するだけでは競争優位にならない」という事実。情報の民主化はすでに進んでいて、誰でもアクセスできる時代になっている。差がつくのは、その情報をどう解釈し、どう伴走支援に落とし込むかという「型」の部分。プロダクトは作って終わりではなく、そこにコンサルティング的な知見をどう埋め込むかが、実は本質的な競争力となります。
そしてもう一つの発見は、既存のプロジェクト型事業の輪郭が、むしろクリアになったこと。役割を分けたことで、それぞれの事業が何のために存在するのかが言語化しやすくなってきた実感を感じています。。
両方あるから、強い
セールスフォースも、実はプロダクト一本槍だったわけではないです。エコシステムの中には今も無数の導入支援パートナーが存在し、コンサルティング的な機能はむしろ拡張され続けています。プロダクトとプロジェクト、標準化と個別最適化は、対立する概念ではなく補完し合う両輪なのだと思います。
経営学ではこれを「両利きの経営」と呼ぶ。既存事業を深掘りする力(Exploitation)と、新しい可能性を探索する力(Exploration)を、あえて組織構造ごと分けて両立させる考え方。プロジェクト型で培った現場の解像度があるからこそ、プロダクトに何を組み込むべきかが見えてくる。逆にプロダクトを持つことで、プロジェクト型の仕事の意味も再定義される。
Pursuitのタグラインは「価値を追求し、守る」。まだ形になっていないものを追いかけ続けること、そして生まれた価値を一過性の流行で終わらせず、社会に根付かせること。忙しさの中に埋没しそうになったとき、「積み上がる仕組み」を一つ別に持っておくこと。それが、事業を次のステージに進める一番静かで、一番確実な方法なのかもしれない。
その価値の証明のために今年一年は世の中の当たり前になるためのプロダクトについて深く研究を進めていきたいと思います。